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自己肯定感は自分で高めることができる ~自分を肯定する方法~

自己肯定感とは

自己肯定感とは、そのままの自分に価値がある、自分は自分でいいんだ、そのままの自分がここにいていいんだと思える感情のことをいいます。
自己肯定感が高いと、幸福度も高いといわれています。

幼少期に親にありのままの自分を受け入れてもらうことで、自己肯定感を高めることができます。

では親にありのままの自分を受け入れられなかった人はどうすればいいのと私は思っていました。

自分で自己肯定感を高めることができる

私は長い間、自分を肯定できずに、生きづらさを抱えながら生きてきました。
自己肯定感が低いほど、生きづらさを感じます。

この生きづらさを克服したいと思い、自分ができることを挑戦していく中でやっと今、生きづらさから抜け出しつつあると思います。

自分を肯定できたとき、生きづらさから抜け出すことができるように感じます。
そして自己肯定感は自分で高めることができると実感しました。

色々試してみた結果、最終的にこれで自己肯定感を高めることができた、根本から解決につながったと自分なりに思うことをまとめてみました。

小さな成功体験を積み重ねる

まず、すぐに達成できそうな目標を作りました。
無理のない範囲で考えて小さな達成感を積み重ねました。

そして次は人のためになるような小さな目標を作りました。
それは人のために自分は何ができるだろうかと考えるだけでもいいと思います。

人に親切にしていると、なんとなく少しずつ前向きになってきているような気がしました。
だけどそれは気のせいではないことに後々気がつくことになりました。

無理なく自分にできそうなことから始めてみたらいいと思います。

人に対して批判的になるのを減らす

人は、自分が思っていることを相手も思っていると感じる心の性質があります。(投影の法則より)

自分は人を批判的に見ているのに、人は自分に好意的だと感じるのはとても難しいです。
人を批判していたら、自分も人から批判的に見られていると感じてしまうかもしれません。

その結果、自分に好意的な人の存在に気がつきにくくなっていると思います。
そして人から批判的に見られていると感じると、そのままの自分を肯定することが難しくなります。

自己肯定感とは、ありのままの自分がここにいていいんだと感じる感情です。

人は一人で生きているわけではないからこそ、人と共に生きていく中で、自分の居場所を感じることができます。
だから自分を肯定するには、人との関わりが重要となってきます。

人を軽視して、自分を肯定するのはとても難しいです。

人を肯定することは、自分を肯定することにつながると私は思います。

人の不完全さを受け入れられたとき、他者も不完全な自分を受け入れてくれると感じることができます。
それは、そのままの自分でいいんだと感じることにつながります。

人それぞれの違いを受け入れて人に批判的になることを減らすだけでも、人は自分を批判していない、自分は自分でいいんだと感じることが増えてくると思います。

人が抱える弱さを否定しない

人は誰だって弱さを抱えています。
弱さは自分にとってマイナスなものではありません。

自分の弱さが減ることで、自分を肯定できるわけではありません。
自分の弱さをそのまま受け入れることができたとき、自分を肯定することができます。

自分の良い部分やダメな部分で自分の価値が決まるのではありません。

そのままの自分に価値があるということです。

そのままの自分でいいんだと感じるには、自分の弱さを否定しないことが大切です。

完璧を目指さない

人は、出来ることと出来ないことを持ち合わせています。
自分ができることを他者はできないこともあるし、逆に自分ができないことを他者ができることもあります。

だからこそ、人は助け合って生きていて、補い合うことができます。

完全な人なんていないし、人は一人では生きていけません。
完璧を目指すのではなく、補い合う意識をもつことが大切です。

人は補い合って生きているからこそ、お互いの存在の尊さを感じることができます。

それは、人は生きていることに価値があることを意味します。

結果で人の価値を決めないこと、成功や失敗で人の価値が決まるのではありません。
成功や失敗にこだわらないわけではなく、成功しても失敗しても変わらず価値があるということです。

世のため、人のために行動する

私はいつも自分で孤独を招いているのに、孤独になることを人一倍恐れています。

そのときに「人を思い、人のために行動していたら、自然に自分に寄り添ってくれる人に出会える」という内容の言葉に勇気づけられました。

何度孤独になってもやり直せばいいんだ。
人を思いやって行動していたら、いつか私に寄り添ってくれる人に出会えるはずだと思えるからです。

だけど、見返りを求めないことが大切です。

自分を犠牲にしたり無理をする必要はありません。
人に親切にしても何も自分に返ってこないと感じたときに、それでもいいんだと思える程度でいいと思います。

何ができたかは重要ではない

人のために何ができるだろうかと考えてみて、結果何もできなかったとしてもそれは重要なことではありません。

自分だけで生きているわけではなくて、自分にできることはあるだろうかと思えたら、その思いは前向きに生きることにつながっています。

今まで人から傷つけられてきて、その結果自分を守ることに精一杯で、人のことを考える余裕が無くなっている状態が、生きづらさを引き寄せていると思うのです。

自分のことで精一杯の中で、少しでも他者に関心を向けると、自分は一人ではない、人と支え合って生きているということに気がつくと思います。

他者に関心を向けるというのは、人の目を気にすることとは違います。
人の目を気にするというのは、人からどう思われるかという自分の心配をしているからです。

そして人に見返りを求めるのも自分が受け取ることを考えています。

人は一人で生きているわけではないからこそ自分のことばかり考えて生きていく程、孤立しやすく生きづらくなると思います。

誰かの力になりたいと思うこと

利己的に生きていると、他者も利己的に生きていると感じるかもしれません。
人は、自分が思っていることを相手も思っていると感じる性質があるからです。

自分が誰かの力になりたいと思えたら、他者も自分の力になってくれることを信じられると思います。

ありのままの自分を他者は受け入れてくれると感じることができます。

それは今、自分が生きていることを肯定することにつながると思います。

自分のことで精一杯の中で、他者が自分に何をしてくれるかではなく、自分は他者に何ができるだろうかと思えたら、少しずつ自分を肯定することができると感じます。

人に嫌われないために行動するのではなく、自分の意志で誰かの力になりたいと思えたとき、根本から自分を肯定することにつながると私は思っています。