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兄弟差別の末路 -毒親育ち、親子関係の迷いと決断-

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兄弟差別の末路

私には兄がいて、母は兄をとても可愛がっていました。
明らかに兄弟で差別していたし、実際に兄の方が可愛いと言っていたこともあります。

兄も私も独立して家を出ていて、実家に帰るのは帰省という形です。

母は兄の帰省をいつも楽しみにしていました。
私も時々、実家に帰って数日泊まることもありました。

兄が実家に帰ってくるときは、母はとても喜んでいました。
私は泊まらなくてもいいけど、兄には絶対泊まってほしい、そう言っていました。

ある時、私が実家に泊まった時、兄も帰省することになって寝室の準備をしていました。
枕カバーがボロボロのしかなくて、母は、私にはその枕カバーでいいけど、お兄ちゃんにはそんな枕カバー使えないって言うんです。

私に出す料理は適当でもいいけど、お兄ちゃんが帰ってくるときは、適当な料理なんて出せないって言います。
私はどうでもいいけど、お兄ちゃんはどうでもよくない。

まぁ、一つ一つは些細な事なんですが、悲しかったです。

厄介者の私

兄はとても優秀で、母にとって自慢の子供でした。
私は子供の頃から平凡で、思春期以降は厄介な存在でした。

私は荒れていた頃、頻繁に母に「私を産まなければよかったじゃないか」と言っていました。
厄介者として生きていることが、もうしんどかったのです。

優秀な兄だけで十分です。
私は自分が存在している理由が分かりませんでした。

大人になって、兄は立派な職業に就きました。
母の誇りです。

私の就職活動のときは、私の就きたい職業を母は認めませんでした。

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親子関係、私の迷いと決断

兄弟差別は私にとって、そんなに大したことではありませんでした。
出来が悪い私より、優秀な兄の方が可愛いのは当たり前だと思っていたからです。

むしろ、兄と比べて私を否定してくることの方が辛かったです。

恋愛だって自由にはできませんでした。

親子の関係がもう苦しいのに、私は大人になっても精神的に母から離れることができませんでした。
母という支えを失ったら、どう生きていけばいいか分からなかったのです。

母と距離を置くことに、迷いや葛藤が消えませんでした。

だけどあるとき、決定的な出来事があって、この家から離れようと決断しました。
私はもう二度と帰らないと思いました。

残ったのは、母が可愛がっていた兄です。

厄介だった娘はいなくなって、可愛がっていた息子が残って、母は満足したかというと、全然そんなことなかったのです。

母はまさか私が離れていくなんて、想像すらしていませんでした。
私と電話が繋がらなくなって、何度も私の自宅に訪問してきましたが、私が出ることはありませんでした。

そこから父は、こんな状況になってしまった母をひどく責め立てました。

母は楽しみにしていた兄の帰省も断わったり、いつ私が帰ってくるか分からないから準備しておくと言っていました。
会いたいっていう手紙が届くようになって、お父さんとうまくいっていないって書いていて、私のせいだって責めます。

母は何をしても、子供(私)は離れていかないと思っていました。

兄弟差別の真相

兄弟差別とか、どちらの子供の方が可愛いとか、珍しくない話だけど、真相はどうなのかなと今では思うようになりました。

母は明らかに兄の方を可愛がっていたけれど、私のことも同じように可愛いと思っていた。多分こっちの方が真実かもしれないと思うのです。

よくできる子や懐いてくれる子供は可愛いし、出来が悪いとか反抗的な子供は可愛くないとか、性別の違いや色々あるのは分からなくもないです。

だけど、どちらの子供が愛しいかというと、多分両方なんじゃないかなと私は思います。

母は、私のは適当でいいとか、もう言わなくなりました。

兄弟差別の末路がこんなケースばかりでないとは思います。

だけど家族の中で、ないがしろにされている人がいて、家庭の平穏なんて保てないと私は思います。
厄介者がいなくなって、一見平和になったように見えても、色々な形で問題があり続けるような気がします。

お互いを認め合うことが、一番平穏だと感じます。

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執着をやめればよかった

嫌なことを言われたら、さっと離れればよかった。
自分のことを軽んじる相手に腹を立てて、なんでそんなこと言うのとか、相手に執着しない方がよかったような気がします。

差別する人って嫌です。それが親だと子供側はすごい苦しみです。
離れた方がいいといっても、簡単にできないのは分かります。

だけど執着しても、なかなか解決しません。
親が差別する状態を自分で作り出さないことも大切です。

人を変えようと思っても難しいけれど、自分が変わることで状況が変わってくることもあると思います。

家庭に居場所が無いと感じたら、自分を受け入れてくれる場所を見つけたらよかったと思います。
そんな簡単に居場所は見つからないと思うかもしれませんが、周りの人にもっと目を向けていたらよかったと思うのです。

助けてくれない人もいるけれど、助けてくれる人だっています。
困難な状態から救い出す、それだけが助けてくれる人ではないと思います。

誰かとした何気ないおしゃべりとか、誰かと楽しい時間を共有したとか、それが自分の傷を癒していることもあります。

人との関わりを大切にしていれば、自分を縛り付けているものを、自然に手放せるかもしれません。

兄弟差別を乗り越えて、新たな親子関係を私は今感じることができます。

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