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アダルトチルドレン、毒親育ちを克服したブログ 一人で苦しみを乗り越えようと思うことをやめる

母親とうまくいかない娘 -母に愛されていると思えなかった-

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私は子供の頃、家族の中でずっと疎外感を感じていました。
家庭に自分の居場所がないような気がしていたのです。

母は、出来が悪い私をしょうがなく育てていると私は思っていて、母に愛されていると感じることができませんでした。

結果が出せない私は、母に否定されてばかりだったからです。

母に愛されていると思えなかった

私は小さい頃、頻繁に中耳炎になった影響で、学校のプールも入れない、飛行機も乗れないと耳鼻科で言われたことがありました。

小学生だった私はすごくショックを受けました。
母と一緒に耳鼻科に行って、母はその後仕事に行き、私は家に帰って一人で部屋で泣いていました。

すると、母が仕事を早く切り上げて帰って、私の部屋に入ってきました。
泣いている私に「大丈夫?」って言ったのです。

普段は、よく泣く私に母は「泣くな」と怒っていたのに、そのときは違いました。

母は、私を心配しているのだろうか。
どうして母は仕事を切り上げて帰ってきたのだろうか。

その時の私は、母がどうして私を心配しているのか分かりませんでした。
出来が悪い私は家族のお荷物でしかないのに、家族から愛されているとか、家族に必要とされているとか思えなかったのです。

出来が悪いのに、私を愛してほしいと望むことなんて許されないと私は感じていました。

毒母と思い、母と衝突

私は何度も母と衝突してきました。
傷つけた行為を母に自覚してもらいたかったのです。

結果を出すことに価値があると信じている母に、どうしてそこまで子供を追いつめるのとうったえました。
母は子供を追いつめている自覚はないのです。

あるとき激しい言い合いになって、母が最後に「ごめんね…」って言いました。
母が謝る言葉を初めて聞いたような気がしました。

それでもそのたった一言の「ごめんね」で、今までのすべてを許すことはできませんでした。

大人になってもずっと生きづらさに苦しんでいるのです。
親を責める私の気持ちが母には分かりませんでした。

どうして母には理解できなかったのか、今では分かります。

母は、子供を愛している前提で育てているのです。
追いつめている自覚がないのは、子供を不幸にしようと思って育てているわけではないということです。

子供を愛しているのは当たり前の母と、親に愛されていると思えなかった私には大きな溝がありました。

母を恨んでいた

母を恨んでいたこともあります。
どうしてあんな育て方をしたの、と思っていました。

恨んでいるときは、されて嫌だったことばかり思い出します。
思い出すたびに傷ついていました。

傷ついた過去が現在も苦しめると感じていました。
過ぎ去った過去を、過去として流すことができませんでした。

だけど家庭の中で、辛かった思い出ばかりではないんです。
いい思い出だっていっぱいあったんです。

私の行きたいところに連れて行ってくれた。
私の誕生日パーティーをしてくれた。
私の欲しいものを買ってくれた。

母は、私に理想を押し付けて私を否定してばかりだったけれど、愛情がなかったわけではないのです。
私を大切に思って育てていたと今、思うことができます。

それは、母と和解することで感じたのではありません。
自分は自分でいいんだと思えたときに、感じることができたのです。

自分を肯定できたときに、受け取っていた愛情を信じることができると思います。