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アダルトチルドレン、毒親育ちを克服したブログ 一人で苦しみを乗り越えようと思うことをやめる

毒親の末路 -親に復讐したいと思っていた-

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毒親に復讐したいと思っていた

私は毒親育ちだと自分では思っていて、ずっと生きづらさを抱えて生きてきました。

自分の人生をめちゃくちゃにした母親が許せない、母に復讐したいと思っていました。
母のせいで私はこんなにも生きづらくて苦しいんだと、母に分からせたかったのです。

だけど母は私の言っていることが理解できないんです。

むしろ母と一緒にいると自分の精神がおかしくなると感じて、親から離れようと決めました。

もう二度と会わないかもしれない、親が倒れても私は見舞いに行かないと思いました。

もともと離れて暮らしていて、電話番号を変えて、もし自宅に何度も来るようであったら、引っ越しも覚悟しました。

母から手紙が届いて、「寂しいです、会いたいです」って書いていました。

親子関係をやり直す機会はいくらでもあったのに、母が自分でぶち壊してきた、母が私を散々傷つけたからこんなことになったんだと思いました。

母は倒れても、絶縁している子供には会えず、寂しい最後になると私は思っていました。
その結末を見届けることで、私の傷ついた心も母への憎しみも、終わらせることができるような気がしていました。

それが私の母への復讐だったのかもしれません。

子供を不幸にした親は、子供にすてられて、不幸な末路が待っている。

私は自分でそれを証明しようとしていました。
証明できたら、自分の気持ちを納得させることができると感じていました。

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親と離れてから

私は親に数年会わない間に、少しずつ生きづらさを克服していきました。

親と離れた直後は、色々な困難に直面しては私には助けてくれる親はいないと、自分の生い立ちを恨んでいました。

また私は人間関係でうまくいかないことが多く、健全な家庭環境で育たなかった私は、一生この生きづらさを抱えて生きていくしかないと感じていました。

だけどなんとか、親を頼りにしないでも自分の力で生きていける、自分の生い立ちや親を恨む感情を手放していくことができました。

やっと穏やかな日々を感じていたとき、突然親の電撃訪問がありました。

今まで何度も電撃訪問はあって、私は迷うことなく拒絶していました。

だけどその時の私は玄関を開けるか迷いました。

今玄関を開けたら、また自分の心がかき乱される日々がくる、せっかく立ち直ったのだから、わざわざまたトラブルを抱える必要なんてない、このまま絶縁をしていたらいいと思っていたはずなのに、私は玄関を開けました。

再会した母は、相変わらず私が嫌がることばかり言います。
モヤモヤするのだけど、私は以前のように心がかき乱されることが少なくなりました。

絶縁したって親は変わりません。

だけど私は以前の私ではありませんでした。

子供を邪険に扱っていた親

子供を邪険に扱っていた親は、最終的に子供に邪険に扱われる、私はずっとそう確信していたんです。

子供を不幸にした親は、不幸な末路が待っている。毒親はすてたらいい、そう思う気持ちは本当に本当によく分かります。

私もずっとそう信じていました。
そう信じることで、生きていけたような気がします。

悪いことをしたら、悪いことが返ってくる、そう思うことで真っ当な道を歩いていけるような気がしていました。

苦しみや悲しみや、虚しさを抱えながら、なんとかして生きていかないといけないんです。

だけどそれだと、いつまでも悲しみの連鎖が続くと思うのです。

自分は親と同じにはならない、親と同じことはしない、親に同じことをやり返さない、そうすれば生い立ちなんか関係なく自分らしく生きていけるような気がするのです。

もちろん自分を傷つけてくる親からは離れた方がいいです、だけど親の何もかも拒絶したらいいのかは分からないと今では思っています。

親と再会してから

私は親と再び会うようになり、親は喜んでいます。
それと同時に、私と音信不通になった時は本当に辛かった、ひどいことをされた、と私を責めます。

どうして音信不通になったかの原因を親は分かろうとしません。

子供が苦しんでいたかは考えようとしないで、子供にひどいことをされたと周りに言って、私はひどい子扱いです。

だけど、もういいんです。

理想的な再会にはならないし、再会したって円満ではないです。

トラブルを乗り越えて、絆が深まったとか、分かりあえる関係とか、そんな結末ではなく、今でも分かり合えない関係です。
母は相変わらず私を傷つけてきます。

だけど分かり合うことがすべてではないし、理想とか追い求めなくても、これでいいんだと思える瞬間も訪れます。

毒親の末路

絶縁していた時、訪問した母に自宅の玄関を何度もドンドン叩かれて、私はこの世から母か私のどちらかがいなくならない限りこの争いは終わらないと思っていました。

毒親の末路は不幸で孤独、毒親育ちの多くの人がそう感じているかもしれません。

何もかも毒親が悪い、毒親は許さなくていい、子供を大事にできなかった親を大事にする必要なんてない、そう思う気持ちは理解できます。
だけど、親を恨む自分が本来の自分かどうかは分からないと思うのです。

もし親を許せない、憎い、復讐したいと思うのなら、それは今もまだ苦しんでいるからで、毒親育ちを克服することが先です。
生きづらさを克服できたら、親に対する感じ方も変わってくるからです。

絶縁しないといけないケースもあるかもしれません。
だけど親を恨む気持ちは手放した方がいい、毒親の末路を不幸のまま自分が終わらせないことも大事だと私は思っています。

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